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宴、そしてその後

2002ワールドカップはブラジルの5度目の優勝で幕を閉じました。決勝戦当日の6月30日には、近隣はもとより他県からもブラジル人や日本人が応援のため大泉町に集いました。
02.07.06


 優勝決定後の歓喜の有り様は、爆発という言葉がまさに似合っていた。ブラジル人においてサッカー(futebol)は、単なるスポーツなどではなくやはり特別な意味を持っているのだな、と日本人である自分は痛感した。前回98年W杯フランス大会決勝における惨敗(フランスに0-3)を払拭してあまりある、ドラマチックな今回の優勝。その後のW杯南米予選での大苦戦もあり、ブラジル代表監督のフェリッパオンを除き、本大会前にブラジルを優勝候補にあげた人がどこにいただろうか?

 サンパウロ在住の知人によれば、決勝当日は早朝にも関わらずテレビ中継が始まる前から、花火がバンバン、点が入った直後は大空襲状態。試合が終了した時の歓声はまるでスタジアムのよう。アパートの前を通る車という車がブー、ブーとクラクションを鳴らし、ひときわデカイ音を出す車が来るなと思って窓からのぞいたら、消防車が四台隊列組んでクラクションを鳴らしながら駆け抜けていったそうだ。

 大泉でも優勝決定後に国道354が渋滞。車から旗を振り、絶叫し、クラクションを鳴らす。母国と同じようなスタイルで歓喜を表現する姿が見られた。このことに関して、残念ながら地域の日本人にネガティブなイメージが蔓延した。「優勝してうれしいのは分かるが、地域に暮らすのなら地域のルールを守りなさい」。もちろん至極当然な要求だし、必要なことだろう。ただし、大多数の大泉在住ブラジル人の名誉のためにいわせてもらうと、大騒ぎをしていたのは一部の人々。日本の習慣を尊重して近隣に迷惑をかけないようにというアナウンスもブラジル人間では繰り返し行われていた。さらに付け加えさせてもらえば、クラクションを鳴らしながら徐行運転する姿には日本人の姿も見られた。

 4年に1度のサッカーW杯。日本中が沸き返り、ここ大泉でも大変な盛り上がりを見せた。今後再び日本が開催国となるかはわからないが、ある雑誌のルポによれば試合会場となるスタジアムがあった都市にも関わらず、入店を拒否されている外国人の姿があったともいう。世界的なイベントを行うということは、ホスト国として世界中から人々を招き入れるということだったのではないだろうか。「フーリガン」というような言葉ばかりが先歩きして、結局色眼鏡でしか「外国人」というものをとらえられない。それはやはり人として恥ずべきことで、ホスト国以前の問題であるように思える。大泉でも大騒ぎをしたブラジル人に否はあるだろう。しかし「だからブラジル人は」と、安直にカテゴライズしてしまう発想には大きな不満を覚える。

(八木 丈二) 

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