群馬県大泉町から発信するブラジル情報★Seja bem vindo a maior cidade brasileira no Japao★
このサイトについて


ミーニャ シダージとは
 ポルトガル語のMinha Cidadeから名付けています。日本語で「私の町」という意味です。「日本のブラジル」「リトルブラジル」と呼ばれることもある大泉町、太田市のブラジル社会の様子を伝えることにより、このサイトはあるひとつの入り口(ENTRADA)を目指しています。
 ブラジルという国や文化、人々に興味がある人はもちろん、まったく知らないよというひとにも「ふんふん、こんなことやってるのね」というかんじで見てもらえたらうれしいです。もし
、時間があれば、ぶらっと大泉町、太田市に行ってみようかなと思ってくれれば、もっとうれしいです。

◇ 大泉町、太田市とブラジル人
 外国人居住率が高いことで有名な群馬県大泉町、太田市ですが、とりわけ多いのがブラジル出身の人たちです。日本全国には約26万人(2002年10月現在)のブラジル人がいますが、大泉町、太田市は日本有数のブラジル人居住地域です。
 大泉町、太田市になぜそんなにブラジルの人が多いの?という質問をよく受けます。きっかけは1989年に出入国管理法が変わったことでした。特に大泉町では、製造業を中心とする産業の人手不足解消を図るために町ぐるみで日系ブラジル人を受け入れてきたという経緯がありました。彼ら、彼女らブラジル人たちは、日本で働く労働者として今も日本経済の一端を担っています。

◇ ブラジルと日本
 日本とブラジルのおつきあいは、実は長いものがあります。第1回移民がブラジルサントス港に到着したのが1908年の6月18日、船の名前は笠戸丸でした。現在ブラジルには日系人約140万人が暮らし、多民族社会ブラジルを構成しています。


そして

 ブラジルというと何を思い浮かべるでしょう? 一般的に取り上げられるブラジルのイメージとは、サッカー、サンバ、アマゾンが「BIG3」を占めているのではないかと思います。私(このサイトの管理人)も初めてブラジルを訪れてみるまでは、その程度の認識しかありませんでした。あと、危ないとか...。
 もちろんそれらはブラジルを代表するイメージであることには今も変わりがないのですが、いいところも悪いところもひっくるめて、一番の魅力は「人」かな?と思います。ドカーンと感動する時もあれば、朝起きるのが嫌になるくらいへこまされる時もある、でもその振り幅が「人間的」なんじゃないのかなあと、ブラジルから帰ってきて、この町に住んでみて、ブラジル人たちとのつきあいを通じて考えはじめました。
 サイトによる情報については未熟な部分も多々あるかと思います。ご覧いただいた皆さんのご感想やご指導がいただければ幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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